花し

わたしはきみが生まれてはじめてかいたうさぎさんだよ

市販の咳止めを84錠飲んだ。「エスエスブロン錠」と書かれた青いラベルが小さな瓶に貼ってある。





ブロンをオーバードーズしているひとたちの口から、よく「多幸感」という言葉が出てくる。ブロンを大量に飲むとゆったりした気持ちになって、多幸感が押し寄せてくると言う。

わたしは多幸感を感じたことがなかった。少し饒舌になるくらいだ。

あとは苦しくなって、吐き気がして、眠れなくなって、泣きたくなって、薬が抜けるまで、抜けたあとも、ベッドに横たわって苦痛に耐えるだけだ。


こうしているのがいちばん落ち着くな、と吐き気のなか歯を食いしばりながら考えていた。


心が苦しいとき、わたしはその苦しさをいつも疑ってしまう。自分自身のかなしみを認めて機嫌をとってあげることが出来ないのだ。だからこうして身体的に苦しむことが出来てやっと、享受してあげられることが出来る。心が身体に追いついてくる。ああ、ここまでするなんて、そんなに苦しい思いをしていたんだと思うことができる。

自分の悲しみを自分自身に証明するようだった。


自分が脆弱な存在だと知ることは気持ちいい。





夜の2時前。

「明日は会えへん」と返信が返ってきた。

日付が変わる頃にすきなひとに明日会えるかどうか連絡を入れたのだ。誰かに守られて眠りたかった。

会えると言われたらブロンを飲むのはやめて、会えないと言われたらブロン錠をひと瓶すべて飲んでしまおうと思っていたが、連絡が待ちきれずに、返事が来る前にすべて飲んでしまったのだ。


つじつまを合わせるようだな、と思った。

わたしがもし薬を飲まずに返信を待っていたら、明日会おう、と言ってくれたんじゃないだろうか、と思った。ああ、胃が震える。


その夜もその次の夜も、ひとりで眠りについた。泣きながら、歯を食いしばりながら、苦痛に守られながら。