花し

わたしはきみが生まれてはじめてかいたうさぎさんだよ

わたしの犬はわらった顔が本当に優しいのですきだ。あの顔を見ると、他人に好かれようとしている顔だな、と思う。


モンロースマイルという言葉がある。
複雑な家庭環境で育ったり、幼い頃に重要な愛着行動が欠落して育った子供は、大人に気に入ってもらおうとひとより魅力的な笑顔をつくる傾向があって。そのことをモンロースマイルという。
この言葉を知ったとき、あのこちらを見ながら目を細めて見せびらかすようにつくる笑顔のことをモンロースマイルと呼ぶのだな、と思った。

犬は覚せい剤をやっている。前歯は全て仮歯だし、肌はおじいちゃんみたいにぶよぶよしていて汚いが、顔が綺麗だ。
お願いすればお姫様だっこのままコンビニまで走ってくれるし、すきだよと言って抱きしめてくれるし、キスもしてくれる。ごはんもひとくちくれる。噛んでと言ったら肩のあたりを思い切り噛んでくれる。言われた通りに芸をする飼い犬のようだ。本当の名前をまーくんという。スピッツ尾崎豊がすきで、いちばんお気に入りの小説はシャンタラム。運命指数は9,ハイライトをいれた茶髪がくるくるしていて、実はストレスで小さく禿げている部分がある。先輩の喧嘩を買って鼻を骨折したことがあり、キャバクラでボーイのアルバイトをしている。


犬は本当は本当にわたしのことをすきでいてくれるんじゃないかと錯覚してしまうときがある。
どうしようもない女の子とかすきになっちゃうんだ。と犬がわたしに言ったときや、一度だけ照れながら、なんかすきだよ、と言われたときだ。でも錯覚は錯覚でしかないな、とすぐ冷静になる。

犬には忘れられないすきな女の子がいるのだ。もう半年片思いしていて、150回は告白して、でも一度もふたりで会ってくれないのだという。
フクマと犬と3人でビールを飲んでいたときに、すきな子がいること思い出した、と犬が呟いた。先月のことだ。フクマが「150回告白するより1回抱きしめに行ったらいいねん」と叫んだ。
それから犬はお願いしても抱きしめてくれなくなった。
「俺の両腕は今からあの子専用になった。」と呟いて背を向けてしまうのだ。どうせ抱きしめさせてもらえないくせに!もちろんキスもしてくれなくなった。セックスをせがまないようになった。


犬はきっと自分をすきにならない女の子がすきなんだ、と思う。わたしと同じだ。まっすぐな好意の受け取り方がわからない。しあわせへの身の置き方がわからないのだ。母親にももう会いにこないでと言われたひとだ。いままで抱きしめ続けてきた孤独の手放し方がわからないのだ。

恋人が出来ても、自分のことなど本当は嫌いなのに付き合っている、という妄想にかられてすぐ別れてしまうと言っていた。恋人どころか自分を取り巻くすべての人間が自分のことを嫌っていると思い込んでバイトも何もかもやめて遠いところへ引越してしまうのだそうだ。いままで住んでいたのは神奈川、岩手、北海道、大阪。他にもあったような気がするが、思い出せない。
そんな人間なので、きっと近いうちにわたしから逃げて、遠くへ行って、もう二度と会えなくなるのではないかと思う。
犬に、まーくんのこと相当すきだよと言ってしまったよが悪かったと思う。なんとなく言ってみただけだったが、本当のことだった。わたしは友愛と恋愛の区別をつけることが少し難しいので自分でもよくわからなかったが、犬のことが特別だいすきだとずっと思っていた。わたしも同じ、どうしようもない可哀想な人間をすきになりやすいのだ。
かわいそうはかわいい。

もし犬が本当に近いうちに遠くに行ってしまうとしたら、今ちょうどいちばんお気に入りの小説を犬に貸しているので、どうかそのまま持っていてほしいな、と思う。
わたしのことを忘れないでほしいな、とも思う。
わたしが歌ってた大森靖子ちゃんのover the partyを聴いて大森靖子ちゃんをすきになってくれたこととか、わたしが聴いてたエリック・サティを聴いて、俺もサティすきなの思い出したよ、と嬉しそうに言ったこととか。
わたしも多分忘れないだろうな、と思う。

わたしの犬はわらった顔が本当に優しいのですきだ。あの顔を見ると、他人に好かれようとしている顔だな、と思う。


モンロースマイルという言葉がある。
複雑な家庭環境で育ったり、幼い頃に重要な愛着行動が欠落して育った子供は、大人に気に入ってもらおうとひとより魅力的な笑顔をつくる傾向があって。そのことをモンロースマイルという。
この言葉を知ったとき、あのこちらを見ながら目を細めて見せびらかすようにつくる笑顔のことをモンロースマイルと呼ぶのだな、と思った。

犬は覚せい剤をやっている。前歯は全て仮歯だし、肌はおじいちゃんみたいにぶよぶよしていて汚いが、顔が綺麗だ。
お願いすればお姫様だっこのままコンビニまで走ってくれるし、すきだよと言って抱きしめてくれるし、キスもしてくれる。ごはんもひとくちくれる。噛んでと言ったら肩のあたりを思い切り噛んでくれる。言われた通りに芸をする飼い犬のようだ。本当の名前をまーくんという。スピッツ尾崎豊がすきで、いちばんすきな小説はシャンタラム。運命指数は9。茶髪がくるくるとしていて、実はストレスで小さく頭が禿げている部分があって、先輩の喧嘩を買って鼻を骨折したことがある。今はキャバクラのボーイのバイトをしている。

犬は本当は本当にわたしのことをすきでいてくれるんじゃないかと錯覚してしまうときがある。
どうしようもない女の子とかすきになっちゃうんだ。と犬がわたしに言ったときや、一度だけ照れながら、なんかすきだよ、と言われたときだ。でも錯覚は錯覚でしかないな、とすぐ冷静になる。

犬には忘れられないすきな女の子がいるのだ。もう半年片思いしていて、150回は告白して、でも一度もふたりで会ってくれないのだという。
フクマと犬と3人でビールを飲んでいたときに、すきな子がいること思い出した、と犬が呟いた。先月のことだ。フクマが「150回告白するより1回抱きしめに行ったらいいねん」と叫んだ。
それから犬はお願いしても抱きしめてくれなくなった。
「俺の両腕は今からあの子専用になった。」と呟いて背を向けてしまうのだ。どうせ抱きしめさせてもらえないくせに!もちろんキスもしてくれなくなった。セックスをせがまないようになった。


犬はきっと自分をすきにならない女の子がすきなんだ、と思う。わたしと同じだ。まっすぐな好意の受け取り方がわからない。しあわせへの身の置き方がわからないのだ。母親にももう会いにこないでと言われたひとだ。いままで抱きしめ続けてきた孤独の手放し方がわからないのだ。
恋人が出来ても、自分のことなど本当は嫌いなのに付き合っている、という妄想にかられてすぐ別れてしまうと言っていた。恋人どころか自分を取り巻くすべての人間関係が自分を嫌っていると思い込んでバイトも何もかもやめて遠いところへ引っ越してしまうのだそうだ。いままで住んでいたのは神奈川、岩手、大阪、北海道。まだあった気がするが思い出せない。

そんな人間なので、きっと近いうちにわたしから逃げて、遠くへ行って、もう二度と会えなくなるのではないかと思う。
犬に、まーくんのこと相当すきだよと言ってしまったよが悪かったと思う。なんとなく言ってみただけだったが、本当のことだった。わたしは友愛と恋愛の区別をつけることが少し難しいので自分でもよくわからなかったが、犬のことが特別だいすきだとずっと思っていた。わたしも同じ、どうしようもない可哀想な人間をすきになりやすいのだ。
かわいそうはかわいい。

もし犬が本当に近いうちに遠くに行ってしまうとしたら、今ちょうどいちばんお気に入りの小説を犬に貸しているので、どうかそのまま持っていてほしいな、と思う。
わたしのことを忘れないでほしいな、とも思う。
わたしが歌ってた大森靖子ちゃんのover the partyを聴いて大森靖子ちゃんをすきになってくれたこととか、わたしが聴いてたエリック・サティを聴いて、俺もサティすきなの思い出したよ、と嬉しそうに言ったこととか。
わたしも多分忘れないだろうな、と思う。

ア   ア    わたしがすきっていったらきみはわたしのこときらいになる?    きらいになるの


トモダチコレクションできみのMiiつくったのにみてくれないの?



わたしほんとうにきみのことが欲しいけどな   でもきみにあげるべきなのは言葉とかではないだろうから


なんだか受け取ってもらえないような感情ばかりわたしは

市販の咳止めを84錠飲んだ。「エスエスブロン錠」と書かれた青いラベルが小さな瓶に貼ってある。





ブロンをオーバードーズしているひとたちの口から、よく「多幸感」という言葉が出てくる。ブロンを大量に飲むとゆったりした気持ちになって、多幸感が押し寄せてくると言う。

わたしは多幸感を感じたことがなかった。少し饒舌になるくらいだ。

あとは苦しくなって、吐き気がして、眠れなくなって、泣きたくなって、薬が抜けるまで、抜けたあとも、ベッドに横たわって苦痛に耐えるだけだ。


こうしているのがいちばん落ち着くな、と吐き気のなか歯を食いしばりながら考えていた。


心が苦しいとき、わたしはその苦しさをいつも疑ってしまう。自分自身のかなしみを認めて機嫌をとってあげることが出来ないのだ。だからこうして身体的に苦しむことが出来てやっと、享受してあげられることが出来る。心が身体に追いついてくる。ああ、ここまでするなんて、そんなに苦しい思いをしていたんだと思うことができる。

自分の悲しみを自分自身に証明するようだった。


自分が脆弱な存在だと知ることは気持ちいい。





夜の2時前。

「明日は会えへん」と返信が返ってきた。

日付が変わる頃にすきなひとに明日会えるかどうか連絡を入れたのだ。誰かに守られて眠りたかった。

会えると言われたらブロンを飲むのはやめて、会えないと言われたらブロン錠をひと瓶すべて飲んでしまおうと思っていたが、連絡が待ちきれずに、返事が来る前にすべて飲んでしまったのだ。


つじつまを合わせるようだな、と思った。

わたしがもし薬を飲まずに返信を待っていたら、明日会おう、と言ってくれたんじゃないだろうか、と思った。ああ、胃が震える。


その夜もその次の夜も、ひとりで眠りについた。泣きながら、歯を食いしばりながら、苦痛に守られながら。